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村指定有形民族文化財一覧
下條村内にある村指定の有形民族文化財です。現在下條頼氏の墓塔など12種類あります。
下條頼氏の墓塔
下條氏は甲斐源氏の支族で、室町時代から安土桃山時代中頃までこの地方を治めた豪族です。頼氏は下條氏初代で応永29年(1422)57歳で没しました。この塔は当時建造されたもので、下條氏歴代最古の墓塔です。■交通案内 三遠南信自動車道天龍峡ICより車で15分
JR飯田線天竜峡駅より車で15分
■場所 下條村陽皐4616 龍嶽寺境内墓地
白隠禅師「隻履之達磨」
江戸時代、宝暦年代、臨済宗妙心派の高僧であり、名筆として知られる白隠禅師の書いた書画です。■交通案内
三遠南信自動車道天龍峡ICより車で15分
JR飯田線天竜峡駅より車で15分
■場所 下條村陽皐4616 龍嶽寺
八幡宮悟朱印状9通
江戸時代鎮西大山田神社八幡宮へ社領拾石(大山田神社から上部の水田地帯)を御朱印地として、慶安2年(1649年)8月17日、将軍徳川家光から賜った朱印状です。■交通案内 三遠南信自動車道天龍峡ICより車で15分
JR飯田線天竜峡駅より車で15分
下條氏文書(写)
天正10年(1582)7月徳川家康の幕下として伊那地方で活躍し始めた頃から14年(1586)までの5年間における徳川家康と下條氏との関係をを知る文書です。■交通案内 三遠南信自動車道天龍峡ICより車で15分
JR飯田線天竜峡駅より車で15分
経筒
筒高10.3cm、直径4.6cm、周6.3cm筒正面に「十羅刹女 信州住侶行心 奉納大乗妙典六拾六部三十番神大永七年丁亥今月今日」の刻銘文があります。
■交通案内
三遠南信自動車道天龍峡ICより車で10分
JR飯田線天竜峡駅より車で10分
■場所 下條村陽皐2040 合原 東(屋号)
円通軒の鰐口
下條氏9代目、伊豆守時氏の時代、吉岡にあった観音堂に寄進された鐘です。直径17.5cm、厚さ中央4.6cm、縁3.7cm、両耳付
■交通案内
三遠南信自動車道天龍峡ICより車で15分
JR飯田線天竜峡駅より車で15分
■場所 下條村吉岡区
婦士鑑 湖水の浮舟5巻
天保13年(1842)飯田藩堀家に起きた山口ふじの事件を芝居の脚本にした原本です。■交通案内
三遠南信自動車道天龍峡ICより車で15分
JR飯田線天竜峡駅より車で15分
■場所 下條村睦沢7356 原平 昇(屋号)
巖頭猛禽図 (古田鷹麿 作)
古田鷹麿は、享和元年(1801)親田庄屋古田亀吉の長男として生まれ、庄屋を勤める傍ら、江戸に出て葛飾北斎にも学ぶなどし、号を鷹麿と称しました。明治8年、75歳永眠。
■交通案内
三遠南信自動車道天龍峡ICより車で10分
JR飯田線天竜峡駅より車で10分
■場所 下條村睦沢6745 中平 隆城屋(屋号)
猛虎之図 (古田鷹麿 作)
鷹麿は、特に虎の絵を得意としました。■交通案内
三遠南信自動車道天龍峡ICより車で10分
JR飯田線天竜峡駅より車で10分
■場所 下條村睦沢6753 中平 酒屋(屋号)
甲子祭図
甲子祭は、元来仏説の大黒天祭、後に大黒天と大国主神が習合し、農村では農神として祀ったが、その祭祀様子を絵馬にしたものです。■交通案内 三遠南信自動車道天龍峡ICより車で15分
JR飯田線天竜峡駅より車で15分
■場所 下條村陽皐4588 大山田神社
八幡宮八郎明神御祭礼之図
江戸時代、天保年間、現在の覆屋と拝殿の落成に合わせて行った祭日の様子を描いたと伝えられています。図の行列は、大山田神社の神事芸能として伝わる「ギョウド」を描いています。■交通案内 三遠南信自動車道天龍峡ICより車で15分、JR飯田線天竜峡駅より車で15分
山犬退治図
江戸時代の天明7未年(1787)5月7日、白又入り地籍で馬数10頭が山犬に襲われ食い殺されたが、「佐助」という若者が「高津大権現」と唱え、怪我一つなく山犬を退治した実在の事件を描き奉納したものです。■交通案内 三遠南信自動車道天龍峡ICより車で15分、JR飯田線天竜峡駅より車で15分
■場所 下條村陽皐3915 入登山神社

