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村指定有形民俗文化財一覧

下條村内にある村指定の有形民俗文化財です。現在下條頼氏の墓塔など12種類あります。

下條頼氏の墓塔の写真

下條頼氏の墓塔

 下條氏は甲斐源氏の支族で、室町時代から安土桃山時代中頃までこの地方を治めた豪族です。頼氏は下條氏初代で応永29年(1422)57歳で没しました。この塔は当時建造されたもので、下條氏歴代最古の墓塔です。

■交通案内
三遠南信自動車道天龍峡ICより車で20分
JR飯田線天竜峡駅より車で25分

■場所
下條村陽皐4616 龍嶽寺境内墓地

八幡宮御朱印状9通の写真

八幡宮御朱印状9通

 江戸時代鎮西大山田神社八幡宮へ社領拾石(大山田神社から上部の水田地帯)を御朱印地として、慶安2年(1649年)8月17日、将軍徳川家光から賜った朱印状です。

■交通案内
三遠南信自動車道天龍峡ICより車で20分
JR飯田線天竜峡駅より車で25分

下條氏文書(写)の写真

下條氏文書(写)

 天正10年(1582)7月徳川家康の幕下として伊那地方で活躍し始めた頃から14年(1586)までの5年間における徳川家康と下條氏との関係を知る文書です。

■交通案内
三遠南信自動車道天龍峡ICより車で20分
JR飯田線天竜峡駅より車で25分

■場所
下條村陽皐4616 龍嶽寺

経筒の写真

経筒

 天正10年(1582)7月徳川家康の幕下として伊那地方で活躍し始めた頃から14年(1586)までの5年間における徳川家康と下條氏との関係を知る文書です。

■交通案内
三遠南信自動車道天龍峡ICより車で20分
JR飯田線天竜峡駅より車で25分

■場所
下條村陽皐4616 龍嶽寺

円通軒の鰐口の写真

円通軒の鰐口

 下條氏9代目、伊豆守時氏の時代、吉岡にあった観音堂に寄進された鐘です。
直径17.5cm、厚さ中央4.6cm、縁3.7cm、両耳付
表面裏面ともに丸縁、その中に三本丸、二本丸の紋様があり、その中央に表面は六枚笹に五ツ星、裏面に九曜の紋様が描かれています。

■交通案内
三遠南信自動車道天龍峡ICより車で15分
JR飯田線天竜峡駅より車で20分

■場所
下條村吉岡区

婦士鑑 湖水の浮舟五巻の写真

婦士鑑 湖水の浮舟五巻

 天保13年(1842)飯田藩堀家に起きた山口ふじの事件を芝居の脚本にした原本です。

■交通案内
三遠南信自動車道天龍峡ICより車で15分
JR飯田線天竜峡駅より車で20分

■場所
下條村睦沢7356 原平 昇(屋号)

巖頭猛禽図(古田鷹麿 作)の写真

巖頭猛禽図(古田鷹麿 作)

 古田鷹麿は、享和元年(1801)親田庄屋古田亀吉の長男として生まれ、庄屋を勤める傍ら、江戸に出て葛飾北斎にも学ぶなどし、号を鷹麿と称しました。
明治8年、75歳永眠。

■交通案内
三遠南信自動車道天龍峡ICより車で15分
JR飯田線天竜峡駅より車で20分

■場所
下條村睦沢6745 中平 隆城屋(屋号)

猛虎之図(古田鷹麿 作)の写真

猛虎之図(古田鷹麿 作)

 鷹麿は、特に虎の絵を得意としました。幕末の頃、尾張徳川家に献上した下図と言われています。

■交通案内
三遠南信自動車道天龍峡ICより車で15分
JR飯田線天竜峡駅より車で20分

■場所
下條村睦沢8801-1 下條村

甲子祭図の写真

甲子祭図

 甲子祭は、元来仏説の大黒天祭、後に大黒天と大国主神が習合し、農村では農神として祀ったが、その祭祀様子を絵馬にしたものです。絵馬は画面中央に上部を大黒天を祭り、その左右に祭神と大黒天を記し、その下では集まった人々が酒を酌み交わしている様子が表現されています。

■交通案内
三遠南信自動車道天龍峡ICより車で20分
JR飯田線天竜峡駅より車で25分

■場所
下條村陽皐4588 大山田神社

八幡宮八郎明神御祭礼之図の写真

八幡宮八郎明神御祭礼之図

 江戸時代、天保年間、現在の覆屋と拝殿の落成に合わせて行った祭日の様子を描いたと伝えられています。図の行列は、大山田神社の神事芸能として伝わる「ギョウド」を描いています。

■交通案内
三遠南信自動車道天龍峡ICより車で20分
JR飯田線天竜峡駅より車で25分

山犬退治図の写真

山犬退治図

 江戸時代の天明7未年(1787)5月7日、白又入り地籍で馬数10頭が山犬に襲われ食い殺されたが、「佐助」という若者が「高津大権現」と唱え、怪我一つなく山犬を退治した実在の事件を描き奉納したものです。
奉納は江戸時代の文政9丙年(西暦1826年)3月であったが、朽壊したので明治20年再興しました。朽壊した絵馬を再興する例は極めて珍しいことです。

■交通案内
三遠南信自動車道天龍峡ICより車で20分
JR飯田線天竜峡駅より車で25分

■場所
下條村陽皐3915 入登山神社

王関社本殿の写真

王関社本殿

 長野県下で向拝の牡丹に唐獅子、社殿両脇下の彫刻は「寒山」と「拾得」の半肉彫りで、社殿の床下に刻まれるのは珍しいと言われています。王関神社本殿は、間口1,212mの一間社流造・杮葺(こけらぶき)の社殿で扉口は二社に造られています。

■交通案内
三遠南信自動車道天龍峡ICより車で20分
JR飯田線天竜峡駅より車で25分

■場所
下條村陽皐6237-1

大山田神社本殿の写真

大山田神社本殿

本殿は間口1,474m、一間社流造・杮葺(こけらぶき)、柱・扉・羽目板・彫刻などに胡粉・紅柄墨の彩色が残っています。全体的に地方色は少なく、洗練された社殿です。
この社殿の特徴は、羽目板部分に格子を取り付けている点等で貴重です。

■交通案内
三遠南信自動車道天龍峡ICより車で20分
JR天竜峡駅より車で25分

■場所
下條村陽皐4588-1

山吹姫の墓「一石五輪塔」の写真

山吹姫の墓「一石五輪塔」

 慶長6年(1601)飯田下伊那地域に残る、年号を明記である最古の塔です。
山吹姫は木曽義仲の愛妾と伝えられ、男の子を産み山田河内に定住しました。その子の子孫は地域を支配し、後に下條氏に従い菅野に住みました。そして先祖である山吹姫を供養し、この一石五輪塔を祀りました。

■交通案内
三遠南信自動車道天龍峡ICより車で10分
JR飯田線天竜峡駅より車で15分

■場所
下條村睦沢9418

入登山神社里宮本殿の写真

入登山神社里宮本殿

 諏訪立川流の坂田亀吉藤原重、通称「木曽亀」による作。飯田下伊那地域には木曽亀による社殿が10程挙げられています。下條村には、本社殿と大久保の津島神社、粒良脇の二柱神社の3社殿がありますが、本社殿は飯田下伊那地域の立川流社殿の中で、最も規模の大きな社殿であり、立川流の特徴を充分に顕わした繊細で立派な社殿です。

■交通案内
三遠南信自動車道天龍峡ICより車で20分
JR天竜峡駅より車で25分

■場所
下條村陽皐3915 入登山神社境内

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下條村 教育委員会事務局
電話番号 0260-27-1050 Fax番号 0260-27-3006

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